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和歌山簡易裁判所 昭和31年(ハ)189号 判決 1957年2月01日

本訴原告(反訴被告) 池田浩三

本訴被告(反訴原告) 明石彌之助

主文

本訴被告(反訴原告)は和歌山市中之島北二丁目五三七番地の七宅地九三坪二合三勺の換地予定地の中のブロツクB一九ロツト八宅地二九坪七合六勺の中別紙図面<省略>表示の(イ)(ホ)(ニ)(ヘ)(ト)(イ)の各点を順次直線を以て囲む部分以外の部分につき使用収益権を有しないことを確認する。

本訴被告(反訴原告)は右(イ)(ホ)(ニ)(ヘ)(ト)(イ)各点を順次直線を以て囲む部分以外の部分に立入り工作をしてはならない。

本訴原告その余の請求を棄却する。

反訴を却下する。

訴訟費用を二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告と云ふ)訴訟代理人は、「被告(反訴原告、以下単に被告と云ふ)は主文第一項記載の換地予定地二九坪七合六勺について賃借権を有しないことを確認する。被告は右土地に立入り工作物を設置してはならない。被告の反訴請求を棄却する。」との判決を求め、本訴請求原因並に反訴答弁として、

「和歌山市中之島北二丁目五三七番地の七宅地九三坪二合三勺(別紙図面ABCDGHの部分)は原告の所有であり、昭和二五年一一月一五日和歌山県特別都市計画事業復興土地区画整理(以下単に区画整理と云ふ)施行者和歌山県知事から原告に対し右宅地の換地予定地としてブロツクA一八ロツト七宅地三四坪(後に三一坪七合三勺に変更さる(及びブロツクB一九ロツト八宅地三二坪(後に二九坪七合六勺に変更さる)の指定通知があつた。然るところ被告は右従前の土地について何等賃借権を有しないのに拘らず右二筆の換地予定地中後者につき賃借権ありと称しこれに家屋を移築しようとしてゐるので請求の趣旨記載通りの判決を求める為本訴に及んだ。」と述べ、被告の抗弁に対し「原告が昭和二一年中従前の土地のうち被告主張部分を訴外花田喜一に賃貸し、同訴外人が右賃借地上に家屋を所有してゐたこと、被告が右家屋を昭和二六年二月頃同訴外人(但し当時喜一は既に死亡しその妻お糸)から買受けたことは認めるが、右訴外人の賃借権は一時使用の目的のもので、同訴外人が右家屋を被告に売却して他に移転した当時に消滅した。尤も被告が右家屋買入後原告にその敷地の賃借方を申入れて来たのに対し原告はこれを承諾したが、それは左の事情による。即ち当時既に前記のように換地予定地の指定がありこれによつて右家屋敷地は道路に編入されることが判明してゐて被告は右区画整理の実施される迄でよいから右敷地の使用を認めてほしいとのことであり、又右区画整理は漸次進行してゐて三年を出でずして中之島地区も実施されると予想されたので、右区画整理が実施される迄の一時的なものとして原告は右申入を承諾した。即ち同年四月一五日右敷地について新に原被告間に一時使用を目的とする賃貸借が成立したのである。然るところ和歌山県知事から右区画整理による右家屋の収去期限を昭和三一年五月八日と定められたから、同日を以て右賃貸借も亦消滅したものである。」と述べ、

立証として甲第一乃至第五号証を提出し、証人花田お糸の証言並に原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証中官署作成部分の成立を認めその余は不知であると述べた。

被告訴訟代理人は「原告の本訴請求を棄却する。被告が主文第一項記載の換地予定地二九坪七合六勺について賃借権を有することを確認する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本訴答弁並に反訴請求原因として、

「原告主張の宅地九三坪二合三勺が原告の所有であり、その主張の日その主張通の換地予定地指定通知のあつたことは認める。原告は右従前の土地中別紙図面表示のABFEの部分二四坪七合を昭和二一年中訴外花田喜一に建物所有の目的を以て賃貸し同訴外人は右賃借地上に木造ルーヒング葺平家建店舗兼居宅建坪一九坪を建築所有し、同所で飲食店を経営して来たところ、被告は昭和二六年四月中旬右家屋を同訴外人(但し当時喜一は既に死亡し、その妻お糸)から買受け同時にその敷地賃借権の譲渡を受けてその頃訴外栗山正之を介し原告に対し右賃借権譲受について承諾を求めたところ原告は従前の地代一ケ月四五〇円を一、〇〇〇円に値上することを要求した外何等の条件をも附することなくこれが譲渡を承諾したものであるから被告は右ABFEの部分について前賃借人花田の有したと同一の賃借権を現に有するものである。従つてその換地予定地であるブロツクB一九ロツト八宅地二九坪七合六勺について賃借権を有することは明白であつて原告の本訴請求は理由がない。然るところ原告は被告の右換地予定地上の賃借権の存在を争ふので反訴を以てこれが存在確認を求めるものである。」と述べ、

立証として乙第一号証を提出し、証人花田お糸、同栗山正之、同稲荷永一の各証言、被告人尋問の結果、並に検証の結果を援用し甲各号証の成立を認めた、

理由

和歌山市中之島北二丁目五三七番地の七宅地九三坪二合三勺(別紙図面ABCDGHの部分)が原告の所有であり、原告主張の日、その主張通りの換地予定地指定通知のあつたことは当事者間に争はない。よつて被告の抗弁について考へるに、原告が昭和二一年中右従前の土地のうち別紙図面表示のABFEの部分を訴外花田喜一に賃貸し、同訴外人は右賃借地上に家屋を建築所有してゐたことは当事者間に争のないところ、原告は右賃貸借は一時使用の目的のもので昭和二六年二月頃消滅したものであると主張するけれども、一時使用の目的のものであつたとの点は原告の全立証によるもこれを認めるに足らず、却つて証人花田お糸の証言並に原告本人尋問の結果によると、右訴外人は昭和二〇年七月の空襲で従前居住してゐた和歌山市雑賀町の家屋は罹災して行くところがなかつたので予て懇意であつた原告の母に懇請して昭和二一年一月前記の通り原告所有宅地の一部を賃借し同地上に前記家屋を建築してこゝで昭和二六年三、四月頃まで飲食店を経営してゐたこと、右賃貸当時原告も既に戦災にあつて現在の南海アパートに居住していたが右賃貸地の使用方法については未だ具体的な方針もなく却つて前記宅地の他の部分も当時朝日藤太夫、山口某等に賃貸したのであり、又その後も他に所有してゐた宅地(これは中之島五二九番地の二、同番地の五乃至七で旧坪数合計二七〇坪余であることは成立に争ない甲第一号証によつて認められる。)を売却してゐた位で従つて右賃貸借には短期の期限その他短期間で終了するような何等の条件もついていなかつたことが認められ、これによれば右花田の賃借権は建物所有を目的とする通常の賃借権であつたと云はねばならない。そして他に右花田の賃借権が原告主張の頃消滅したことについては原告は何等の主張も立証もなさない。従つて原告の右再抗弁は採用出来ない。

然るところ被告が昭和二六年三、四月頃(この点は証人花田お糸の証言によつて認める。)右花田所有の家屋を買受けたことは当事者間に争ないから反証のない限りその敷地賃借権をも譲受けたものと認むべく而して証人栗山正之の証言並に弁論の全趣旨によると原告はその頃右賃借権の譲渡について被告に対しこれが承諾の意思表示をなしたことが認められる。然らば被告は右家屋敷地部分について前賃借人花田の有したと同様の賃借権を承継したものである。従つて右花田の賃借権が昭和二六年二月頃消滅したことを前提とする原告のその余の主張については最早や判断をする必要を見ないようであるが、右再抗弁事実後段に主張するところは仮に右花田の賃借権が前記頃消滅したものでなく、被告の右賃借権譲受に原告が承諾を与へたものとしてもその承諾に当り爾後右賃借権を一時使用のものとし、右家屋敷地について区画整理施行されるまでの間とする旨の原被告の合意があつたとの主張を含むものと認められるので以下この点について判断する。当時前記従前の土地につきその換地予定地の指定せられてゐたこと、これにより右家屋敷地は道路に編入されることが判明していたことは当事者間に争ないところであるが、その余の事実については原告の全立証を以てしてもこれを認め得ない。尤も成立に争ない甲第二号証(土地賃借証書)中には「私儀(被告を指す)今般貴殿(原告を指す)所有の宅地和歌山市中之島北ノ丁二丁目五三七番地の七を賃借致しました存続期間は昭和二六年四月一五日より和歌山市特別都市計画事業復興土地区画整理施行の為所有の家屋の明渡しの日迄とする。和歌山市都市計画事業復興土地区画整理施行者より所在家屋の明渡しの通知に接したる時は賃借権無効とし何等異議なく無条件にて立退き貴殿に対し換地の請求は絶対致しません、為後日土地賃借証書差入置きます。昭和二六年四月一五日」なる記載が存するが、原告本人尋問の結果に証人栗山正之の証言を併せ考へると原告が前記賃借権譲渡の承諾をなした昭和二六年四月当時は未だ右書面は存在しなかつたのであり、その後に至り原告は右書面の内容を作成し、被告の氏名を記載して被告方に到り、その名下に被告の押印を求めたので、被告はこれを一読したがその内容が前に栗山正之を介して交渉した時の話と異るのでこれが押印を拒んだところ原告は右書面は単に形式的に作成するのみであると云ふので被告はこれを信じて右書面に捺印したものであることが認められるから右甲号証のみによつては未だ原告主張事実は認め得ないと云はねばならない。従つて原告主張のような期限に関する特約の存したことを前提とする右再抗弁も亦その余の点について判断をなすまでもなく採用し得ないものである。然らば被告は前記家屋敷地部分(別紙図面ABFEの部分)について現に賃借権を有することは明らかである。ところで原告所有の前記宅地が原告主張通り換地予定地の指定を受けたこと、右賃借地は右従前の土地の一部であることは何れも前認定の通りであるところ、被告は右賃借権に対する右換地予定地上に於ける使用収益権の位置範囲を区画整理施行者から指定されたとの点については何等の主張も立証もなさない。恐らく被告は勿論、前賃借人花田に於ても整理施行者に対し右賃借権の届出をなさなかつたものであらう。然し仮に斯様な権利の届出がなされてゐなくても、右換地予定地の指定により従前の土地に存した賃借権が消滅して了ふものでないことは特別都市計画法、同法施行令(現在は土地区画整理法)全体の精神から見て最早や論なきところである。只整理施行者による換地予定地上に於ける使用収益権の位置範囲についての指定がない為従前の土地に於ける賃借権者は果して換地予定地の如何なる位置範囲に於てこれが使用収益をなし得るかが問題であるが、この点に関し右法令には何等の規定も存しないから、従前の土地と換地予定地との位置、坪数、形状、従前の土地の利用状況等諸般の事情を考慮し、条理に従い公平の立場から決するほかはない。(尤も本件紛争の途上原被告話合の上右換地予定地中ブロツクB一九ロツト八を南北に二分し被告はその西側部分を使用することに一旦合意が出来たことは被告本人尋問の結果によつて認め得るが、右話合も結局不調となつて現に右予定地の使用収益権の存否について争があるのであるから右の合意した処に従つて決することは適当でない。)そこで右の見地から本件を見るに従前の土地の坪数は九三坪二合三勺であり換地予定地ブロツクB一九ロツト八並にブロツクA一八ロツト七を合した坪数が六一坪四合九勺であること当事者間に争なく、従前の土地に於ける前記賃借地の坪数は二四坪七合であることは原告の争はないところである。(右賃借地の範囲がABFEの部分であることは当事者間に争なく、検証調書添付図面によるとその坪数は約二七坪余となるがこれは必ずしも正確な坪数とは云へない。)従つて比例的に計算すると右賃借地の換地予定地上の坪数は約一六坪三合となる。次に原被告双方本人尋問の結果、成立に争ない甲第四号証(図面)並に検証の結果によると換地予定地中ブロツクA一八ロツト七は殆ど現地換地で従前の土地の賃借人朝日藤太夫並に阪本某に於て使用することゝなるから残るところはブロツクB一九ロツト八のみであること、従前の土地附近は店舗が並び割合繁華であること、被告の右賃借地は北側が比較的広い道路に面した角地であつて被告はこゝで鮮魚商並に飲食店を経営してゐること、右ブロツクB一九ロツト八の位置、形状は夫々別紙図面表示の通り((イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の部分)であることがそれぞれ認められる。そして以上の事実を綜合すれば、被告の換地予定地上に於ける使用収益権の位置並に範囲は同図面表示(イ)(ホ)(ニ)(ヘ)(ト)(イ)各点を順次直線で結ぶ部分(但し、(ト)点は(イ)(ロ)線上(イ)点より南へ四間の点、(ヘ)点は(ト)点を通る(イ)(ホ)線の平行線が(ニ)(ハ)線に交る点)と定めるのが最も妥当であると考へる。以上の次第であるから原告の本訴請求中右(イ)(ホ)(ニ)(ヘ)(ト)(イ)を順次直線を以て囲む部分以外の部分について被告の使用収益権(原告は賃借権と云ふが未だ本換地の行はれてゐないことは弁論の全趣旨から認められるから、換地予定地上に従前の土地についての賃借権は未だ移行しておらず単にこれと同内容の使用収益権が存するのみである。)の存しないこと並にこの部分に被告が立入り工作物を設置することの禁止を求める部分は正当であつてこれを認容すべきであるがその余は失当としてこれを棄却する。

次に反訴について考へるに前記従前の土地の中ABFEの部分について原告が不存在を主張する賃借権と被告が存在を主張するそれとは同一土地について同一当事者間の賃借権であつて、只その発生時期並に原因に関する双方の主張が異るのみであること、債権はその発生時期、原因を異にすれば一応別個の債権と考へられるが本件はもともと現に存在するか否か不明の一個の賃借権について、その発生時期、原因に関する双方の見解を異にするのみであることは本訴状並に反訴状をつき合はせてみれば容易に判明するところである。従つてその換地予定地上に於て存否を争はれている使用収益権も亦一個であると云はねばならない。然らば本件反訴は右本訴に於て不存在確認を求められている使用収益権と同一の使用収益権についてその存在確認を求めるもので両訴は訴訟物を同じくするから民事訴訟法第二三一条により不適法な訴と云はねばならない。右反訴はこれを却下すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林義一)

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